日本経済の発達段階の革命

こうした施策の転換はある点まですでに行なわれるにいたっている。しかし、ここで強調するに値することは、従来の意識においてそれが実施されてきたことである。この意識においては、景気が回復すれば、財政金融を再び引き締めよ、という一時的対策になってしまう。現に、景気が最近多少立ち直りはじめると、そうした主張が散見せられるにいたっている。しかしいま、社会投資等の思い切った増大を必要とする主目的は、従来の民間設備偏重型の国民資源配分方式を改めて、GNPにおける社会投資、個人消費の比重を基本的に(一時的でなく)改編することそれ自体にあるのである。わが経済はまさにその段階にまで発達するにいたったのである。もともと、経済の発達は国民生活の向上のためであって、経済発達そのものが目的ではない当然の帰結である。それはその国の経済発達が成熟段階に達した場合のパターンでもある。そのことは欧米先進国のそれが証言しているところでもある。なるほど、これらの政策は現下の場合、景気回復の作用をする。しかしそれは目的そのものではなく、随伴現象にすぎないのである。したがって、景気が回復したからとて、財政等の社会投資その他を元の比重に抑制すべき性格のものでは決してないのである。もっとも、そうした新しいGNP比重の内容のもとにおいても、景気行過ぎ調整は必要である。

しかしこの場合においては、その対象を財政(公債政策)に集中すべきでなく、新段階に即応した総合的景気対策を樹立すべきである。以上のGNP内容の比重の修正は、ややもすれば誤解されやすいように、産業の成長発達の無用論では全くない。また、今後の経済成長に対する悲観論でも決してない。そうではなく、従来の粗工的体質の産業による高度成長はすでに限界にきたが、しかしそれは、より高度の精工的産業体質の経済発展に、軌道の大修正を必要とするにいたったことを意味するものである。しかもその実現能力は技術的にも資本的にもすでに多分に備わっていて、これによってわが国民生活を一段と充実向上させることができることを約束するものである。しかしそれには、必然に過渡的摩擦とか歪みとかが、ある期間伴う。現下の経済的諸問題の多くはこの種の性格のものである。産業体質転換の重点は、従来の量的発達から質的発達への進展である。すなわち、①従来のわが重化学工業の発達は、先進国の科学技術を巧みに導入摂取して、これを量産する形で発達した。この形態の産業発達は、前記のごとく、内外においてすでに多くの歪みと摩擦とを生じ、このうえの発達は限界線に近づいた。今後のわが経済の発達は、わが国独自の科学技術の発達によって、独自の技術を売る性格のものに努力を集中せねばならない。②従来のわが重化学工業は粗工段階のものが中心であったが、この種の経済発展は、内外諸条件がすでに限界に達した。

海外からは邦品の急進出に対する非難が高まり、国内では公害、過密等の弊害の形成と、職工不足、工場立地の払底等々がそれである。これを前向きに克服するみちは、より高度の技術を要する精工品段階への発展であり、同時にこれによって、従来の薄利多売的。安売り競争的行き方から、売行き数量そのものの増大は減速しても、高賃・厚利で企業の実質的発達が十分確保できる産業体質に進化することである。これはかつてのわが紡績業が太糸紡績から細糸紡績へ、綿糸輸出から粗布輸出へ、そして精布輸出に進化し、発達した経路でもある。そうした弊害のない、または少ない産業への進展を意味するものである。④最後に従来のわが産業構造は、国際収支の赤字の克服を至上命令とした時代の残滓で、輸入抑制のため、在来の低能率国内産業を過度に保護する結果となっていて、このことが現在のわが国際収支の黒字を過度に大にしているところが少なくない。しかるにわが経済が現在のように高度に発達し、国際収支が過度の大幅黒字になった段階においては、こうした産業構造は、 一面においては既述のように、国際収支の大幅黒字で国際的摩擦を起こして効率の高いわが商品の輸出進展をはばんでおり、一面においてはわが産業の質的高度化を少なからず阻害し、同時に物価高を激成する等の弊害を少なからず招くにいたっている。この側面における歪みと摩擦とを打開するためには、農林水産品の輸入制限を思い切って自由化するとともに、低労働で容易に生産しうる商品はこれを発展途上国からどしどし輸入しうる措置を講ずることが焦眉の急となった。この転換を促進するには、各種の国内産業がより高度の産業に進化、または転業しうるよう、思い切った前向きの補助施策を講ずるべきである。

現在のわが国にはそれだけの資力は十分にあるのである。それは関連産業人口の生活水準の向上そのもののためにも必要である。これまでのように、これらの性格の在来産業を、在来の形態のままで温存しようとすることは、現段階のわが経済基盤のもとでは、到底永く続けられるものではなく、結局ズルズルと衰退産業として業者を窮地に陥らせる不幸に導くものである。そうした後ろ向きの対策の代わりに、当業者を極力早く自覚させ、同時に前向きに思い切った補助を与えて、その質的高度化または転身を、この際極力早めに決意させることが、当業者のためにも国家のためにもはるかに有利であるのである。

以上、第一の国民経済資源の配分における軌道修正と、第二の産業体質の根本的変革との、両対策の総合的施策によってのみ、わが経済現下の内外の諸問題は、はじめて抜本的に解決せられうる性格のものである。裏返していえば、わが経済が現在の段階にまで大きく発達したにもかかわらず、これに照応すべき前記の二大軌道の修正が少なからずおくれていることが、現在のような、各種の重大経済問題を、内外に激成している基因であるのである。